来 歴


八月の村


けだるいゲンゲのもやが割れて
こげくさい夏が寄せてくる前に
行ってしまったわたしの村
松林のひとはけを走りぬけて
染め付けの青い海へ
すべての道がなだれ落ちている

さっきから
風にまくられている
白っぽい幕のこちら側には
鍋からはみ出した死魚の目
泥にまみれて錆びついた空きかん
柄の曲ったシャベルなど
またげるものは全部またいで
熱い砂地まで走ってきた
追いついたと思ったのもつかのま
まぶしい夏は
みるみる沖の向こうへ引いてしまい
屋敷の東の栗の木は
まだ青いイガのまま伐られていた
その去年の落葉の上へ
裏山の高さに積み上げられた
なじみのない赤土の上へ
ところ嫌わず突き刺してある
新しい板きれの上へ
まだ誰の名前も書き込まれてはいない
埋葬の準備を
ゆっくりとととのえたあとで
黒い鳥が
はだかののどを目がけて
まっしぐらに襲いかかってくる

利の薄いものから
ひとつずつ揺すり落として
手探りの背中にやっと持ちこたえたもの
軒に並んだ
藍がめの底に残っているのは
遠い母が残した暗い血の色

祭りの太鼓が
とろとろと鳴りやんだところで
幕の裏から顔見せに来るもの
吊るされた長い胴
しゃがんだままで枯れた足
ひび割れて色もない顔
唇からはみ出した舌の先
その前に
地を蹴って近づいてくる
あいつの足音が聞こえる
ひらひらさせている
包帯の手はよく見えているのに
あいつの顔は
ひげのありかさえまだわからない


※従来は繃帯の字を使っていたが、ここでは包帯となっている。

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